なんというかドライブ

とにかく車に乗っておきたかったので、ドライブの良い行き先を後輩のN君に聞いてみた。
鞆の浦いいすよ」「決定」
行ってきました、鞆の浦。知らなかったんですが、福山なんですね。
9時に家を出てガソリンスタンドで満タン。ほとんど国道2号線を走る。途中とんでもなく渋滞、その後ご機嫌な高速走行(ってもろ違反だけど)もあり、3時間半でともに到着。なんと(とってつけたような)石畳の街中を、そろそろ離合しながら進み駐車場へ。
な、なんか寒い、雨降ってるし、傘ないし、誰 も い な い し。そ、そうか、クリスマスにこんなとこ来てるやつのほうが、異常なんだ。おいらは異常なんだ。なるほど。
海岸線をとぼとぼ歩く。堤防端に小屋が並び、こいわしか何かを開いて干してる、そのそばでその腸をついばむウミネコか何かの大群。そのシチュエーションはかなり「演歌」。許されぬ愛憎に傷つくコートを着た女が鳥たちを見ながら「私の心なんか羽がはえて、どっか遠くに飛んでいってしまえばよいのに」とかいって泣いている、、、、あれである。あまりのもの寂しさに、死に場所を探してしまいそうな、そんなシチュエーションである。昨日のS君の「自殺しないでください」ってのは、これだったのか。
私はまだ死んでません。
絶景と有名な、福善寺の対潮楼に向かう。すぐ見つかった。見学の人はベルを鳴らせとあるので、ジー。誰も出ない。今日はあいてないのか。人が出てきた。「中に勝手に入って坊さんに200円払えばいいよ」と別の観光客のおじさんが教えてくれる。
中にはいると、おせっかいそうな坊さんが、子供連れ奥さん2組を案内中。お金を払うも、奥さんたちにシーボルトだか家康だかの話をしている間にほっとかれ、勝手に中を見学。かなり展示物も建物自体も傷んでおり、ここを良い状態に保つ努力はあまりなされていない様子。坊さん、奥さんたちが帰ってくのを見送った後、奥に行ってしまった。
畳敷きの殿内に腰を下ろし、正座して海辺を見る。目前に小島、そこに塔が立ち、確かに趣がある。冷たい波が小島をたたく音、それは遠くの音なのに生々しく、まるで背後から鳴っているかのよう。さっきの鳥が二、三匹あたりを飛び、小島の奥に少し大きな島が重なる、その上は重苦しい灰色。落ち着くのだが決して安らかではない。まさに、今の心理状態が妙に反映された風景。何も悩みの無いときにここにくると、この風景はどのように心に映るのだろう、すごく興味がわく。2年後ぐらい、よく晴れた秋にここに訪れたいと思った。
外に出ると、雨が強くなる。これはたまらんと、街中を探す、足袋屋さんに傘があった。確かにここには古い屋敷がある。現代に溶け込んでいるというより、ごちゃごちゃに混ざっている感じが、かえって自然である。あたりの寺をみて回りながら、落ち着くのに安らかでない心が続きながら、ちょっと耐えられなくなってきた。ちょっと今のおいらには耐えられない寂しさがある。それでも2時間ちょっとうろうろして、鞆を離れることにした。今度は誰かと一緒に来よう。
車に乗り、エンジンをかけ、暖房をかけ、生きかえる。帰りは高速とも思ったが、だらだら運転するのも悪くない。来た道はちょっと細いので、福山市の脇を通って国道に乗って帰路へ。
シャッフルの神様が、ミスチルの「雨のち晴れ」を選びやがる。やばい、この唄は口ずさむ癖がある。「まじめな顔して出来損ないの僕に母親は繰り返す、生きてるうちに孫を抱きたい。」のところだけは、気持ちが入って抜群の歌唱力になる。ってか、うちの親はそんなこと一言も言わんのです、本当にあきらめているらしい。しかし、密室というのは怖い、カラオケでは絶対歌わないおいらが、気づいたらめちゃくちゃ大声で歌ってますよ。驚いたことに、帰りの3時間歌いっぱなしです。
途中、VAIO Tにメモリを足すために三万円デオデオに払ってきて、家に着いたのが夜の7時半。往復270kmのなんとも言えない旅でした。
もう一度ぐらい、ドライブしても良いかな。今度は楽しいところに。